第13話　説明してもらおうか。

　八時、会社で。

　晋太郎が会議をしている間に、紀美子はお手洗いへ向かった。

　出てくると、ちょうど手を洗っている静恵と鉢合わせた。

　紀美子は彼女を一瞥して視線を外したが、静恵は笑顔で話しかけた。

　「入江さんは本当に勤勉ですね。あんなに酷く殴られたのに、まだ出勤するなんて。」

　紀美子は手を振った。その夜、静恵もいたのか？

　晋太郎が電話を切ったのも、静恵がいたからだろうか？

　紀美子は無表情で返した。「狛村副部長は自分のことだけ心配していればいいわ。」

　静恵は笑顔を崩さずに言った。「晋太郎はあなたに怒ってないの？」

　紀美子は身を起こし、冷ややかに彼女を見つめた。「何が言いたいの？」

　静恵はゆっくりと手を拭きながら言った。「私の推測が正しければ、晋太郎さんは今、あんたを嫌っているでしょうね。誰も借金返済のために自分の体を使う女を好きにならないもの。」

　改ざんされた監視カメラ映像を思い出し、紀美子は静恵の言葉の意味を悟った。

　彼女が晋太郎に侮辱され、監視される原因はすべて静恵の仕業だったのだ。

　紀美子は怒りを抑えきれずに言った。「静恵、私とあなたは敵対関係にあるの？」

　静恵は唇をつり上げて一歩前に進んだ。「私の男を奪うなら、敵対するのは当然でしょう。腹立たしい？

身の程をわきまえず、私と同じ男を愛したなんてね。

あんたの家庭は底なしの穴で、この世の誰があなたに真心を捧げると思う？」

静恵の傲慢な様子を見て、紀美子は思わず笑い出しそうになった。

彼女は冷静に返した。「どうしたの、狛村副部長。私の能力や学歴、容姿があんたを圧倒するから、家庭のことでしか私を侮辱できないのですか？」

その言葉を聞いた静恵の顔色は一気に青くなった。

紀美子は彼女を一瞥してお手洗いを出た。

しかし、静恵は追いかけてきて、急に紀美子の腕を掴もうとした。

触れた瞬間、紀美子は反射的に彼女を振り払ったが、次の瞬間、叫び声が響いた。

紀美子が振り返ると、静恵はすでに地面に倒れていた。

彼女は痛そうに体を支え、紀美子を悲しそうに見つめて言った。「入江さん、どうしてこんなことをするの？」

紀美子、「……」

また演じようとしているのだろうか？？

静恵は涙をぽろぽろと流し、「私はただあなたの顔の傷を心配していただけなのに、どうして私を押したの？」と言った。

紀美子は冷笑し、何か言おうとしたが、その時、背後から数人の足音が聞こえた。

　「何をしているんだ！」

　冷たく馴染みのある声が響き、紀美子の心はぎゅっと縮んだ。

　彼女が振り返ると、晋太郎が静恵に向かって歩いていた。

　静恵は泣きながら晋太郎の胸に飛び込んだ。「晋太郎さん、足がとても痛いの。」

　「わかった。」

　晋太郎は静恵を抱き上げ、冷たく紀美子を一瞥してオフィスに向かった。

　二人の背中を見つめる紀美子の心はさらに重くなった。

　この二人、一人が演じ、一人が信じる。

　逆に、自身は突然、悪者の役割を押し付けられた。

　通りかかった二人の同僚は彼女を冷笑した。

　「入江秘書にもこんな日が来るなんて。」

　「彼女が本当に一飛びで成功すると思っていたのに、実際は狛村副部長の代用品だったなんて、笑えるわね！」

　紀美子は冷たい視線で二人の顔を見つめ、「月末の業績が悪ければ、いつでもあんたたちを解雇できるわ。」

と言い残し、胸を張ってオフィスに入った。

　……

　仕事が終わると、紀美子は肇に送られて別荘に戻ると、松沢さんがすでに夕食の準備をしていた。

　手を洗って食卓に座ったばかりの紀美子に、松沢は笑顔で言った。「入江さんは本当に幸せですね。」

　紀美子は戸惑って松沢を見つめ、「私？」

　松沢はうなずいた。「そうです、旦那様があなたの好きな料理を作るようにと言っていましたよ。」

　紀美子は目の前の料理を見つめた。確かにどれも彼女の好物だった。

　しかし、好きな料理があっても、彼女はもう自由がない。

　機嫌が悪いので、食事も味気なくなり、紀美子はただ少しだけ食べた。その後、すぐに二階に上がった。

　直後、晋太郎が帰宅した。

　松沢は急いで出迎えた。「旦那様、お帰りなさいませ。」

　晋太郎はコートを松沢に渡し、「彼女はどこにいる？」と尋ねた。

　松沢答えた。「入江さんは先ほど上がりました。食事もほとんど手を付けておらず、機嫌が悪そうでした。」

　晋太郎は眉をひそめた。彼がまだ彼女に静恵を押した理由を尋ねていないのに、彼女はもう機嫌を悪くしていた。

　彼はほとんど手を付けていない食事を一瞥し、冷たい顔で二階に上がり、ドアをノックした。

すぐに紀美子がドアを開けた。

ドアの前に立つ顔色の冷たい男を見た瞬間、彼女は目を伏せた。「森川様、何かご指示ですか。」

紀美子の冷淡な顔を見て、晋太郎の心に不快感が広がった。

「説明してもらおうか？」と彼は尋ねた。

紀美子が、「何のことかわかりません。」

晋太郎は目を細め、「紀美子、知らないふりをして、私を挑発するな！」

紀美子は軽く笑い、晋太郎を直視して言った。「私があなたを挑発するなんて、どうしてできるでしょう？私の言葉を信じられるの？」

晋太郎は冷たく言った。「だから説明しないのか？紀美子、彼女はおまえのせいで足首を捻ったんだぞ！」

紀美子は思わず笑ってしまった。

もう罪を確定しているのに、なぜそんなに多くの質問をするのか？

紀美子の顔に笑みが浮かんだ。「あんたが私に聞くのは、私が彼女を押したことを認めさせるためでしょう？

今聞いたとおり、私はそんな悪人だよ。」

彼は彼女の男が多いのを嫌だったし、彼の初恋も気遣っているのではないか？

こんなに嫌っているなら、彼女を追い出せばいいのに！

紀美子が間違ったことをしているのに、まだ威張っている態度を見て、晋太郎の怒りは一気に増した。

彼は紀美子を腕の中に引き寄せた。

彼女の唇を奪い、噛みついた。

紀美子の痛みの声と共に、血の味が二人の口に広がった。

彼女は思わず晋太郎を押し返したが、やはり彼の腕の中にしっかりと抱きしめられた。

彼女は涙を流し、妥協するために体を緩めた。

湿った感触を感じた晋太郎は、急に腕を緩めた。

彼は暗い目を開き、紀美子の長いまつげにかかる涙を見て、眉をひそめた。

一瞬、彼の手から何かがこぼれ落ちるような感覚がした。

その考えはただ一瞬で消え、晋太郎の目にはまだ怒りが浮かんだ。

彼は低い声で吠えた。「私とキスするのがそんなに辛いのか？」

紀美子は何も言わず、頭を下げて立っていた。

彼女がまた意地を張るのを見て、晋太郎は腹立たしくなり、立ち去った。

すぐに車のエンジン音が下から響いた。

紀美子は窓の外をぼんやりと見つめていた。

以前、彼女は心から代用品になってもよかった。

しかし、今は、第三者にはならないと決めている。

……

サキュバスクラブで。

晋太郎が現れたことで、ボックスの二人の男はお互いを見つめて絶望的な表情を浮かべていた。

息苦しい雰囲気の中、しばらくじっと座っていると、ついに一人が我慢できなくなった。

田中晴は晋太郎のそばに寄って言った。「晋太郎、また人を間違えたか？」

晋太郎は冷たい視線を投げかけた。「お前はまともに話せないのか？」

晴はすぐに口を閉じて、少し離れたところにいる鈴木隆一に視線を送った。

隆一はうなずいた。「晋太郎、今日秘書は連れてこなかったのか？」

晋太郎の顔は陰鬱だった。「彼女のことを一言でも言ったら、半年間女と遊ばせないぞ！」

隆一は驚いて目を見開き、すぐに立ち上がり、晋太郎からできるだけ遠ざかった。

晴は理解した。この男が怒っている理由は入江秘書だったのだ。

晴はしばらく考え、話題を変えた。「晋太郎、いつお前の命の恩人を連れてきて紹介してくれるんだ？」

隆一も急いで賛同した。「そうだ、君がそんなに気に入る女がどんな人か見せてくれよ。」

晋太郎はしばらく黙り、冷たく尋ねた。「人はどんなことで急に性格が変わるんだ？」

晴と隆一は目を見合わせ、ゴシップの気配を感じ取った。

晴は言った。「たぶん、生活が大きな打撃を受けたからだろう。」

晋太郎は彼を見つめ、考え込むような表情を浮かべた。